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マラソンで好タイム…全盲ランナー高橋選手、夢のアテネ近づく マラソンで好タイム…全盲ランナー選手、夢… 



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マラソンで好タイム…全盲ランナー高橋選手、夢のアテネ近づく

マラソンで好タイム…全盲ランナー選手、夢のアテネ近づく。
全盲のマラソンランナーが夢舞台に近づいた。
来年9月のアテネ・パラリンピック代表選考会を兼ねた 全日本(にっぽん)盲人マラソン選手権(京都府福知山市など主催)で23日、高橋勇市選手(38)が2時間40分30秒の好タイムで優勝した。

日本(にっぽん)盲人マラソン協会は、高橋選手を日本(にっぽん)パラリンピック委員会(JPC)に推薦する方針。
これを受けてJPCは来春、日本(にっぽん)代表選手を正式決定する。

「やっとここまでこれました。
皆さんのおかげです」。
レースを終えた高橋選手はゴールで待ち受けていた 練習仲間の中沢修平さん(49)と抱き合って涙を流した。
伴走をリレーで務めた実業団の中田崇志選手(24)、市民ランナーの常本佳希さん(25)の2人も「自分の大会より緊張したけど、結果が出て本当にうれしい。
高橋さんと一緒にアテネに行きたい」と喜んだ。

高橋選手は高校2年のころ病気で視力を失った。
マッサージ師の学校に進み、卒業後に東京都内で 開業したがうまく行かず、沖縄に転居。
合宿中の実業団陸上選手らのトレーナーを務めたのがきっかけで 「自分も走ってみよう」と、30歳で初めて市民マラソンに参加した。
ところが、道路のわずかな段差で つまずいて転倒することもあるため、スピードを上げるのが怖く、42・195キロを完走しても4時間はかかった。

その約1年後、1996年のアトランタ・パラリンピックで全盲の柳川春己選手が金メダルを獲得。
感動した高橋選手は、本格的にマラソンに取り組む。
99年、翌年のシドニーを目指した無理な練習がたたり、選考会直前に足を疲労骨折して無念の棄権。
入院生活で体重も増え、一時はあきらめかけた。
だが、「アテネには間に合う」と気持ちを切り替え、再出発した。

現在は栃木(自分が出したアイデアを、 少なくとも一回は人に笑われるようでなければ、 独創的な発想をしているとは言えない)県小山市に住み、病院勤務の傍ら、東京・代々木公園で週1回、市民ランナークラブでの中沢さんらと練習に励んでいる。

今回、視覚障害の男子は40人が参加。
高橋選手は、大会では全盲選手として過去最高タイムを記録。
昨年の視覚障害マラソン世界選手権の全盲の部銀メダリスト福原良英選手(36)に約7分差をつけての快勝だった。

世界記録は、シドニーでポルトガルの選手が出した2時間38分27秒。
高橋選手は「アテネでは 世界記録を出せるよう頑張りたい」と、早くもメダル獲得を誓った。
引用元 www.yomiuri.co.jp/sports/news/20031123i512.htm

人生において、最も堪えがたいことは、悪天侯がつづくことではなく、雲ひとつない退屈な日々がつづくことなのである。そして、人生における最大の楽しみは、「お前には無理だ、出来ない!」と世間の連中がいうことを、やってみせることである



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